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毛むくじゃららら(ら ららら ら)

保護猫の雨と麦と千、ロシアンブルーの作、ソト猫カフェと用水路投げ捨ての子との色々。で、また増えた。
Posted by キリセリ

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ぼくが箱から出るとき。

箱入り息子のぼくれすが、
葛藤の末、箱から出よう…と思っているのであります。
 
今しかない。
そう、今しか。
いや、今でしょ。
 
って、入ったのも今だけどね…(;・∀・)。
 
 
 
箱よ、今までありがとう。
 
生協のミックスキャロットの箱が、こんなに気に入られようとは知らなんだ…。
 
 
箱のおかげれ、なんでも乗り越えらりたぼく。
 
…過去を振り返る遠い眼差し。しみじみ。
 
 
らけろ、箱から飛び出す勇気が、なかなか出ないのれす。
 
 
よ、よぉーし…。
 
お耳キーンにして~。白眼チラして~。
 
 
れ、れも、心細いのれ…あり…ます。
 
おちりは出てるけどね~。箱、ボロボロだけどね~。
 
 
あ、尻尾かゆーいっ!!スポッ!!
 
って、出れたー( ・∇・)。
 
空き箱にスチャっと入った作は、まるで戦車みたいにギラギラした感じで、
あたりを見回していました。
無敵な感じが可笑しかったっす。
 
わがやには、生粋の箱入り息子…てゆーか、箱から出たら死んでしまう五年目のヤドカリくんがいますが、
そろそろ貝殻が小さくなってきたもよう。
新調せねば。
 
ヤドカリくんをいつも見ている作。
うらやましいと思ったのかしらん?
怖がりだから、貝殻があるといいよね~。
だはは( ・∇・)←無神経な飼い主。
 
 
 
       
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濃くなってる!!

…そう、そうなんすーっ!!
 
 
↑上は、冬。
↓下は、夏。
 
 
(‘ jjj ’)/ 濃くなってる~!!!!!!
 
あ、キンちゃんの背中の毛の濃淡が…だけど。
光の加減とかあるけど、私的には、栄養分アップしたからかな、
なんて勝手に思ってるわけであります。
 
どうだべな。           
 
 
 
へぇー。
 
 
ε-(・益`・o)どうでもいいつーか。自分じゃ見えないからさー。
 
 
え?触りたい?まー、ちょっとだけだぜー。
 
今のところ、歯ブラシでナデナデにとどめています。
外で会うと、一目散に逃げて行きます…おい。
 
食べたものが、血になり、骨になり毛になり、心になる。
 
そしてどんどんグルメになって、
お口に合わないものは、残すようになる…ありま(;゜∇゜)。
 
やっぱりプレミアムは、おいしいのね。
ジャンキーも味が濃いイメージだけど。
 
キタタタタタァ━━━(c=(c=(c=(c=(゜ロ゜;c=━━━キンちゃん!!
 

 
  ↑
 ソーナンス(ポケモン)…( ´;゜;∀;゜;)
この『そうなんです』を『そーなんす』と高い声で言うキャラ。
いや、それしか言えない愛すべきキャラ。
つい会話で『そーなんすよー』なんて聞いてしまうと、
ポワンと彼が出てくる。 
で、ぷぷぷと歩くそ笑む大人にも効くポケモンマジック。
 
さて、夏休みも暑さも架橋をむかえ、あと一息でやんす。
朝から、NHKで寂聴節を耳にし、すっとしました。
汗かいてもちっとも痩せないけど(・・;)、がんばんべ。
 
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毛なしたちの周辺

この世の中は、よろこびに満ちあふれている…わけではない。
 
辛い現実や目をそむけたくなるような現状が、
世界の国々にはある。
 
同い年の子たちが、働き学校に行けなかったり、
兵士になってしまったり。
 
それを教えることは、大切だけど、それに相反して、
生きるっていいよ、生きるってすばらしいよ、おもしろいよ、
無理しないで生きていこうよ、
と子どもが弱ったときに思い出せるような、
大切な出来事を残しておいてあげたい。
 
たぶん、ディズニーランドだって、
虚構なのはわかっていて、人々は酔いしれるのだ。
大切な思い出作りをしたいから。
 
恵まれすぎてて悪い…ということは、理解しがたいかもしれない。
 
 
 
蛙だって食べる…必要がない生活。
 
 
川で洗濯や行水をしなくていい生活。
 
 
むかし着ていた服を飾り、思い出に浸る生活。
 
 
そういえば、思い出した。
中学のバスケ部の社会科顧問が、バスケ部が弁当を食べるときに、
『未来少年コナン』と『きけわだつみのこえ』をかんしょうさせていたのを。
あれは、今思えば、個人的思想のおしつけであり、むかしだから問題視されなかったことかもしれない。
 
『はだしのゲン』は小学生時代に衝撃をうけ、『きけわだつみのこえ』は、中学生で衝撃をうけた。
 
バスケをするにあたり、鑑賞することでどうなるのだろうか。
なにか関係があったのだろうか。
今となってはわからないけど、やはり幼い頃に観たものは、
自分の深層に影響するんだと思った。
 
 
おまけ。
 
セカンドスクール出発の集合時には、
コケコッコーと何回も鳴いてくれたう滑稽のキング。
それが、いってらっしゃーいと聞こえ、
見送りに来ていた親たちの笑いを誘い、
場が和み、いい仕事をした。
 
でかした!!キング!!
 
でも、状況はあまりかわらない。
夏のスダレだって、実際は温度はかわらないかもしれない。
でも、季節に応じた思いやりアイテムとしては、大切なのに…いまいずこ…。
去年のはしまいっぱなし(;・∀・)? 
 
爪もずいぶんのびてきたけどね…気づいてないだろう。
 
娘は実は飼育委員会副委員長だけど、
全然言えるような雰囲気ではない…んだそうな。
どうなってんだい。
 
去年の努力は水の泡、これ以上は糠に釘?
 
 
 
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つづき 毛以外のこと

 
BSで7時15分から朝ドラをみている。
『純情きらり』という戦時中の話が『あまちゃん』の前に再放送していたので、
ついでに観だした。 
ついでのつもりが、私はついひきこまれた。
 ストーリーは、ひたむきにがんばる宮崎あおいが、
戦争に恋人や弟を奪われながらも、
成長してゆく涙なくしては観れないおきまりの話だ。 
70代や80代、90代の方々は、胸に染み入る自分の体験と重なる内容だろう。
介護をしている私は、それがよくわかる。
そして、私たちはその年代の方々の苦労を知る義務があると。
 
でも、『あまちゃん』はどうだろう。
朝ドラの定型を打ち破った『あまちゃん』。
脚本家も俳優も人気者たち。
音楽も台詞もギャグも、なにもかもセンスある、スピード感ある面白さだ。
笑いと元気をもらう。
 
小学生の娘は、あまちゃんは面白くて大好き、
さくらこ(純情きらり)は、暗くて面白くない、と言いながら観ている。
 
それを聞いて、はっとして朝ドラの役割を痛感した。
毎朝の15分は、礼拝にも似ている、と。
清らかな気持ちで、過去とさりげなく向き合うことが大切なんじゃないかと。
 
古くさいのはつまらない、というのは違うと…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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はだしのゲンと朝ドラと

学校は、限られた思想を植え付けてはならないと思うけど、
平和教育を薄めるなかでも、なにか大きな価値ある資料を排除してはならないと思う。
難しいことはわからないけど。
色々な見方があると思うけど。 
 
前回の胸に染みた文章の全文、以下転記facebookより。

 
松江市教育委員会が、描写が過激だなどと して「はだしのゲン」を、小中学校で自由に 閲覧できない閉架図書にしていることがわか った。こういう動きには必ず、ある勢力の戦 略がある。
 
事実関係はこうらしい。一人の市民が意見 を出し、それに(恐らく繋がっているであろ う)一人の議員が呼応し、議会にはかったが 否決された。にも関わらず、結局は教委が各 学校に閉架扱いにするよう、通達を出したと いうことだ。
 
こういうことは教科書採択に関しても、ま た気に入らない作品を出す出版社に対して も、今まで繰り返し行なわれてきた。手法は だいたい、いつも同じである。猛烈な抗議を 繰り返すのだ。恫喝である。今回、松江の教 委は初め拒否していたらしいが、最後は屈し たのか。
 
サザンの新曲もそうだが、メッセージがあ るからいいと言っているわけではない。作品 や表現自体に力があるのである。「はだしの ゲン」が持つ力は、他の原爆ものとは比べ物 にならない。被爆後の広島で剥き出しになる エゴイズム、闇市で成り上がっていく朝鮮人 、そして日本兵の行為までが描かれているの だ。
 
そのスケールの大きさは、世界的に見ても 突出している。日本が誇る児童マンガの傑作 である。これが「少年ジャンプ」に連載され たのは奇跡だ。そういうことができた時代で あり、そういう骨のある編集者がいた時代 だったのだ。個人がシステムに呑み込まれ、 何をやってもリスクになる今ではもう、不可 能だろう。
 
体制が歴史教育を妨げる中で、「はだしの ゲン」は大きな役割を果たしてきた。私の娘 たちをはじめ、多くの日本人が子どもの頃、 学校の図書館で「はだしのゲン」を読み、原 爆を知ったのである。そして作品自体が持つ 力で、国境を越えてきた。
 
だからこそ、「はだしのゲン」はある種の 人々のにとって、目の上のたんこぶだったの だ。排除する機会を狙っていたのである。そ して最近、子どもの心の傷を心配する風潮が 高まってきたこと、表現の自由が制限される 流れになっていたことに乗じて、行動に出た のだ。
 
子どもには楽しいものを見せたい。世界は 暖かく善意に満ちた、花園のようなもので あってもらいたいし、そういう世界で幸せに 生きてもらいたい。東京ディズニーランドの ような世界で、歌ったり踊ったりして過ごせ たら、何の憂いもないだろう。でもあれは仮 構、というより虚構だ。
 
世界には悲しみがあふれ、多くの人々が苦 しんでいる。それを知らずに育った人間が、 他者の痛みを想像できるだろうか。大人は子 どもと一緒になって、過酷な現実と闘うこと ができる。現実は残酷でも、理想を貫く人間 の姿は美しい。どちらが本当に子どものため になるのか。
 
今回の場合、自治体の教育委員会の判断と いう形になってはいるが、中央が容認してい るところが不気味だ。地方分権という名目で 、動かせそうなところを狙い撃ちにして、反 戦意識を抹殺しようとしているのだ。